最高裁判所第三小法廷 昭和22年(れ)235号 判決 1948年3月16日
主文
本件上告を棄却する。
理由
辯護人松永東同野原松次郎同名尾良孝上告趣意書第一點は「原判決ハ理由不備ニ付破毀セラル可キモノト信ス即チ原判決ハ其理由第二ニ於テ被告人ハ知合ノ原審被告人鈴木重行大野平次郎伊藤忍大熊信雄外二名ト共謀ノ上(一)昭和二十二年五月二十三日午前一時頃浦和市當盤町埼玉工業株式會社作業所内ニ於テ尾崎太郎ノ保管スル綿糸三梱包(容量計三十六貫)ヲ窃取シ(二)同日午前一時二十分頃埼玉縣北足立郡與野町大字大戸岡田治三郎方物置軒下ニ於テ同人所有ノリヤカー一臺ヲ窃取シタリト判示シソノ證據トシテ原審法廷ニ於ケル被告人ノ供述並ニ被害者ノ犯罪屆書中ノ被害顛末ヲ摘示シ刑法第二百三十五條及第六十條ヲ適用シタリ然レトモ被告人ノ供述ヲ見ルニ第一回公判調書ニ於テ問、其時ノ事ニ付テ鈴木ハ斯樣ニ述ベテ居ルガ間違ハナイカ此時鈴木重行聽取書中第八項ヲ讀聞カセタリ、答、其ノ通リ間違ヒナシ問、仲間デ誰ガ大將カ答、大熊デストアリ鈴木重行ノ聽取書第八項ニハ「五月二十三日ノ午後六時半頃夕食ヲ食ベテ居リマスト吉田ト大野ノ二人ガ大熊ガ呼ンデ居ルカラ直グコイト言フ譯デ與野ノ驛ニ行ッタノデス其處ニ六人ノ友達ガ居テ……大熊君カラ今夜ウマイ仕事ヲヤルンダガ未ダ時間ガ早イカラ東京ヘ遊ビニ行ウト言ッテ電車デ新橋迄行キ與野驛ヘ歸ツタノガ午後十一時三十分頃ダッタト思ヒマスソレカラ吉田君ノ案内デ歩イテ六人デ常盤町ノ埼玉工業株式會社迄參リマシテ塀ヲ乗リ越エテ入リマシタ塀ノ外デ見張ヲシテ居タノガ吉田君ト佐藤君ト二人デ中ニ這入ッテカラノ見張ハ私ガシマシタ作業服場内へ忍込ンダノハ大熊ト伊藤ト大野ノ三人ト思ヒマス暫クスルト俵三俵ヲ持チ出シテ來マシタガソレカラ皆デ塀ノ外ニ擔ギ出シタノデスソレハ純綿糸三梱包二千圓相當ノモノデシタガ時間ハ二十三日ノ午前一時頃カト思ハレマシタソレカラ今度ハ大野君ガリヤカーヲ持ッテ來ルカラ待ッテ居レト言フ譯デコレモ暫クスルトリヤカー一臺ヲ一五〇〇圓位ノヲ挽イテ來タノデアリマス」トアリ而シテ共同正犯タルニハ「共同シテ犯罪ヲ実行シタルコトヲ」要件トシ主觀的ニハ共同ノ犯意ヲ有シ客觀的ニハ犯罪行爲ニ共同加功ノアルコトヲ要スルモノニシテ本件ニ於テ一、大將カ大熊ナル點二、被告人ハ現場ニ案内セルモ塀ノ外ニテ見張ヲ爲シタルニ止ル點ヨリ見レハ單ニ幇助犯ヲ以テ問擬スヘク共同正犯トシテ問擬スルニハ理由ニ於テ不備ナリトノ誹ヲ免レサルモノト信ス殊ニ第二ノ(二)ノリヤカー窃取ノ點ニ付テハ「大野ガリヤカーヲ持ッテ來ルカラ待ッテ居レト言フ譯デコレモ暫クスルトリヤカー一臺ヲ挽イテ來タノデアリマス」トテ此點ニ付テハ其ノ時遽ニ大野カ窃取ノ犯意ヲ起シ單獨ニテ窃取セルコト明カニシテ主觀的ニ意思ノ通謀ナク客觀的ニモ犯罪行爲ニ共同加巧ノ全然認メラレサルニ拘ラス共同正犯ヲ認メタル原判決ハ理由不備ニ付破毀ヲ免レサルモノト信ス」というのである。
しかし數人が強盗又は窃盗の実行を共謀した場合において、共謀者のある者が屋外の見張りをした場合でも、共同正犯は成立するということは、大審院數次の判例の示すところであって今これを改むべき理由は認められない、従って被告人が相被告人鈴木重行外五名と共謀して、埼玉工業株式會社作業場内の綿糸三梱包を窃取した行爲につき見張をした被告人を、窃盗罪の共同正犯と認めた原判決は正當であって、論旨の如き理由不備はない。次に岡田治三郎方物置の軒下にあったリヤカー一臺を窃取したことには、被告人は關係がないと主張する論旨について考へてみるに、原審公判調書によれば被告人は第一審判示摘示事実中の第二事実を認めていることが明記されている、そして第一審判決摘示事実中の第二事実は、被告人及び大野等が共謀して岡田治三郎方のリヤカーを窃取した事実を指すのであるから被告人は原審公判において判示リヤカーを窃取したと供述していることが明らかである、従って被告人の前記供述を引用して、被告人はリヤカー一臺を窃取したものと認定した原判決は正當であって論旨は理由なきものである。
第二點は「原判決ハ理由不備ニ付破毀セラル可キモノト信ス即チ原判決ハ第一點ニ於テ被告人ハ永野武ト共謀ノ上被害者伊藤栄一ヲ脅迫シテ金員を強取シタル事実ヲ認定シ其ノ證據トシテ被告人ノ原審公判廷ニ於ケル供述並ニ證人伊藤栄一ノ右事実ニ照應スル供述ヲ摘示セリ然レトモ原審ニ於ケル被告人ノ供述ヲ見ルニ問被告人ハ永野ト共謀シテ通行人ヲ脅カシテ金員ヲ取ルコトハ斯樣ニナッテ居ルガ間違ハナイカ第三回聽取書ノ第四九丁十行目ヨリ第五十丁表十行目迄ヲ讀聞ケタリ答其ノ通リ間違アリマセヌ問ドウシテ永野ト一緒ニ付イテ強盗スル氣ニナッタノカ答自分ハ見テレバヨイト思ッタノデストアリ第三回聽取書ノ第四十九丁十行目ヨリ以下ノ記載ハ「……私ハ浦和ヘ活動ヲ見ニ來タ歸リ與野驛ニ降リマシタ處竹坊ハ便所ノ處ニ居リオ前金ヲ持ッテ居ナイダラウ取ッテヤルカラト言フノデ何ウセ喝上ヲヤルト言フコトハ承知シテ居リマシタガ竹坊ノ後カラ付テ行キマシタ」トアリ被告人ノ供述中ニハ兇惡ナ強盗ヲ爲ス意思ハ全然ナカリシモノニシテ被害者伊藤栄一ノ證言ニヨルモ問ソレカラ怎ウシタカ答私ノ後ニ近付ク樣子デシタカラ其時後カラヂャンバーニ黒ズボンヲ着タ一人ノ男ガ私ノ前ニ出テ立塞リ「金ヲ出セ」ト嚇カサレ他ノ一人ノ男ハ同時ニ私ノ後カラピストルヲ突付ケテ居ルノガ感ゼラレタノデ反抗セズニ命令ニ服從シマシタ問ソノピストルハ見タカ答何カ固イモノヲ突付ケタノデピストルト思ヒマシタガ別ニ見マセンデシタ中略、問手ヨリ固イモノト思ッタカ答左樣デス手ヨリ固イノデピストルト思ヒマシタ併シ後デハピストルデナイト感ジマシタ問何故ピストルデナイト感ジタカ答私ハ反抗セズニ居ルト前ニ居タ男ガ私ノ洋服ノポケットヲ探シテ居ル中ニ私モ最初ニ驚イタ氣持モ幾分冷静ニナッタノデ後ノ男ガ突付ケテ居ルモノガピストルデナイコトガ判リマシタトアリ被害者カ反抗セサリシハ被告人ニ於テピストルヲ突付ケタリトノ錯誤ニヨリ誤信セシカ爲ニシテ被告人ノ為シタルハ單ニ恐喝ニ止ルカ故ニ假令被害者ノ錯誤ニヨリ反抗ヲ爲サヽリシトスルモソノ爲ニ被告人等ノ恐喝カ直ニ強盗ヲ以テ問擬スヘカラサルハ刑法第三十八條第二項ノ法意ヨリ明カナル處ナリ原審ニ於テ松永辯護人ヨリ本件ハ恐喝ヲ以テ處斷スベク強盗ヲ以テ處斷スヘカラスト辯論セルコト及本件カ強盗ニ非ラサルコトハ被告人自身モ力説セル處ナルニ拘ラス原審判決ハ錯誤ノ點ヲ看過シ直ニ強盗ヲ以テ處斷シタルハ理由不備アルヲ以テ破毀ヲ免レサルモノト信ス」というのである。
按ずるに原判決において引用した被害者伊藤栄一の原審公判における證言によれば、被害者伊藤は最初に驚いた氣持も幾分冷静になったので、後の男が突きつけておるものがピストルではないことがわかった旨述べており、又多勢に無勢で反抗できないから、諦めて被告人のいうがままになったと述べておることが明らかである、従って被害者伊藤は所論の如くピストルを突きつけられたと誤信した結果被告人の加えた脅迫の程度に比し、必要以上に畏怖心をおこして被告人のいうがままになったものではないことが窺われるから、原審判決において被告人の行爲は所論の如き恐喝ではなく強盗であると認めたことは正當であって、所論の如き違法は認め難い。
次に論旨は、被告人は強盗の意思はなかったことの論據として原審公判における被告人の「喝上をやるということは承知しておりました」と述べたことを引用しておるのであるが、「喝上」ということば他人を脅迫して金品を奪い取ることを意味し、恐喝に當る場合もあり、強盗に當る場合もあるといわなければならない。いやしくも他人を脅迫して金品を奪い取る意思を以て他人を脅迫した場合において脅迫者は強盗をする意思はなかったとしても脅迫の行はれた周圍の事情や被害者の精神上體力上等の關係如何により強度の畏怖心をおこし強度に自由を抑壓された場合において客觀的に觀察して被害者が自由を抑壓されることは當然であると認められる場合は強盗を以て論ずべきこと疑いの餘地なきところである、原審の認定によれば、本件の犯行は午前一時の真夜中時人通りなき道路上において永野武は前方より被告人は後方より被害者伊藤をはさみ打ちの態勢をとり、金を出せと脅迫したものであるから、被害者が抵抗の自由を失い、被告人のいうがままになったことは經驗則にてらし首肯できることである、從って原判決において本件犯行を強盗と認めたことは正當であって、論旨は理由がない。
第三點は「原判決ハ擬律錯誤ニヨリ破毀ヲ免レサルモノト信ス即チ原判決ハ第一ノ點ニ付キテハ強盗ヲ認定シ第二ノ點ニ付キテハ窃盗ヲ認メ両者ハ犯意繼續ニ係ルヲ以テ連續犯ナリト判示セリ而シテ窃盗ト強盗トカ連續犯タルコトハ從來判例ノ一貫セル所ナリ然レトモ刑法第五十五條ニ連續犯タルタメニハ同一罪名ニ觸レルコトヲ要件トシ判例カ同一條章ノ下ニ於テ同一罪質ナリトノ理由ニテ窃盗ト強盗トヲ連續犯ト爲スハ明カニ刑法第五十五條ノ明文ニ反スルモノト言フヘク(參照小野清一郎全訂刑法講義総論第二九九頁第十二行以下各論六四七頁五行以下連續犯ヲ認メルコトニ反對ス)擬律錯誤ニヨリ破毀ヲ免レサルモノト信ス」というのである。
しかし窃盗と強盗の連續行爲は刑法第五十五條にいわゆる同一罪名にふれるものであるということは當裁判所判例(昭和二十二年(れ)第一五四號事件)の示すところである、從って被告人の犯した判示第一の強盗行爲と、これに連續して行はれた第二の窃盗行爲に對し刑法第五十五條を適用して強盗の一罪として處斷した原審判決は正當であって所論の如き違法はない。
よって刑事訴訟法第四百四十六條により主文の如く判決する。
以上は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 井上登 裁判官 庄野理一 裁判官 島 保 裁判官 河村又介)